外国語のブランド名や人名を中国語に翻訳にする時の、ちょっとマニアックなエピソードをご紹介します。
前回、「外国語の名前の中国語訳。基本の翻訳方法2通りを頭に入れておこう」という記事で、外国語の名前を中国語にするときには
- 意味から翻訳する
- 音から翻訳する
の2通りがあることをご紹介しました。
今回は、名前の中国語への翻訳に関する工夫や苦労について、少し書いてみたいと思います。
スタンダードバージョンの例として、IT関連の企業名の中国語訳を挙げます。
①意味から翻訳する
日本語表記 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
マイクロソフト | 微软 | wēiruǎn | ウェイルアン |
アップル | 苹果 | píngguǒ | ピングオ |
マイクロソフトは「マイクロ=微」「ソフト=軟」という訳ですね。
ちなみに「ソフトウエア」は「软件」(ルアンジエン)といいます。
アップルは、そのまま「リンゴ」の中国語です。
②音から翻訳する
日本語表記 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
アマゾン | 亚马逊 | yàmǎxùn | ヤマシュン |
グーグル | 谷歌 | gǔgē | グゥガー |
外国語の企業名の中国語表記、誰が決めるの?
さて、ここで問題です。
Q:外国語の企業名の中国語表記は誰が決めるのでしょう。
A:各社がそれぞれ独自に決めています。
たいていの会社は中国に進出する時、社名の漢字の表記を考えます。音と意味の両方が、本来の名前と合致する漢字表記が見つかると消費者にも覚えてもらいやすいですよね。
たとえば「ヤクルト」の名称は次の通りです。日本語の漢字では「養楽多」「益力多」ですね。
中国語表記 | ピンイン | 発音 | 備考 |
养乐多 | yǎnglèduō | ヤンラードゥオ | 香港・広東省での名称
(広東語をメインとする地域) |
益力多 | yìlìduō | イーリードゥオ | その他の中国本土での名称
(北京語をメインとする地域) |
どちらも発音に寄せつつ、しかも、目で見ても「栄養があり、体に良い」ということが示されているよい名前だと思います。
では、外国人(中国人以外)の名前の漢字表記は、誰が決めるの?
それでは次の質問です。
Q:外国人(中国人以外)の名前の漢字表記は誰が決めるのでしょう。
A:今は「新華社」という国営通信会社の専門部署がメインに決めているようです。時々、外交部(中国外務省)や教育部(中国文部省)などと協議するようです。
アルファベットやラテン文字転写で表記する人物の名前は、音からの翻訳がほとんどです。「この発音には、この文字を充てる」というふうに、アルファベットに対応する漢字がなんとなく決められています。
前回の記事ではトランプ大統領を例に挙げました。
日本語表記 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
トランプ | 特朗普 | Tèlǎngpǔ | トゥランプ |
人の名前。これがなかなか、一筋縄ではいかないようです。
新華社が「では、コレで」と決めても、プライドの高い中国外務省が「いやいや、あの発音ならアレだろう」と横やりを入れてきます。
たとえば、2011年にタイのインラック(Yingluck)首相(当時)が中国を訪れた時。
インラック首相は客家系華人なので、もともと中国名(丘英楽)が付いているのに、わざわざ漢字表記を決めることにしたようです。
- 新華社の主張
日本語表記 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
インラック | 英禄 | Yīnglù | インリュー |
- 外務省の主張
日本語表記 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
インラック | 英拉 | Yīnglā | インラー |
この時は、結局、中国外務省が勝利したようで、その後、ニュースなどでは「英拉」(インラー)が使われていました。
似たような例はたくさんあります。もう1つだけみてみましょう。
ミャンマーのティン・チョー(Htin Kyaw)大統領(当時)が訪中したときのこと。
- 新華社の主張
日本語表記 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
ティン・チョー | 廷觉 | Tíngjiào | ティン・ジアオ |
- 外務省の主張
日本語表記 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
ティン・チョー | 丁觉 | Dīngjiào | ディン・ジアオ |
この時は、最終的には新華社案「廷觉」(ティン・ジアオ)で決まりました。新華社の主張が通ったわけです。
漢字を使う日本人の名前でも、すんなりと決まらないことも
それでは、日本人の名前を中国語にする場合はどうでしょう?
すんなりと決まらないケース。それは「名前がひらがな」の人。
ひらがな名の場合、まず、名前を(無理矢理)漢字表記に直すことが圧倒的に多いようです。
- 勝手にひらがなを漢字に直すケース
日本の名前 | 漢字に修正 | ピンイン | 発音 |
宇多田ヒカル | 宇多田 光 | Yŭduōtián Guāng | ユドゥオティエン・グアン |
浜崎あゆみ | 滨崎 步 | Bīnqí Bù | ビンチー・ブー |
中国人と話していて、いきなり「ビンチー・ブー」って言われても、「浜崎あゆみ」は思い浮かびません。ただ一度覚えてしまえば、忘れにくいとも言えます。
でもたま~に、中国語の発音から、漢字表記を決める人もいます。
たとえばテニスの大坂なおみ。つい、最近までは「大坂直美」と変換して、それが中国語の名前として使われていました。
- 大坂なおみの葛藤(本人はそれほど葛藤していないでしょうけれど)
決め方 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
ひらがな→漢字 | 直美 | Zhímĕi | ジーメイ |
発音重視 | 娜奥米 | Nààomǐ | ビンチー・ブー |
2018年の中国オープンから、発音重視の「娜奥米」が採用され、正式に「大坂娜奥米」(Dàbǎn Nààomǐ、ダーバン・ナアオミ)となったようです。大坂なおみ本人の希望によるものだそうです。
一般人の場合は、ビザの申請の時に自分の名前を中国語名で書く欄があるので、その書類を書くときに自分で決めることができます。①意味からの翻訳②音からの翻訳、どちらでもOKです。知り合いに中国人がいれば、ぜひ相談することをおすすめします。
日本人ではありませんが、やはり、2通りの中国語の名前を持っている人もいます。ゴルフ選手のタイガー・ウッズです。
決め方 | 中国語表記 | ピンイン | 発音 |
意味から | 老虎伍兹 | Lǎohǔ Wǔzī | ラオフー・ウーズ |
音から | 泰格伍兹 | Tàigé Wǔzī | タイガー・ウーズ |
「タイガー」(日本語では「虎」)は中国語で「老虎」(lǎohǔ)なので、そのまま使われているようです。
ちなみにこの「老」には「年老いた」という意味はなく、単なる接尾語です。
中国語では、動物の名前を2文字で表記するために、接頭語の「老」、接尾語の「子」が良く使われます。
- 接頭語の「老」は、ネズミ(老鼠、ラオシュウ)など
- 接尾語の「子」は、ライオン(狮子、シーズ)やアヒル(鸭子、ヤーズ)など
があります。
意味を持たない接尾語の「子」は日本語でも「帽子」などの例がありますよね。
【まとめ】中国語名への翻訳方法はシンプルなようで意外と複雑
企業や人名を中国語に翻訳する時のちょっとマニアックなエピソードをご紹介しました。
中国語だけでなく、語学を勉強していると、「どうしてこうなったんだろう?」「誰が決めたの?」と疑問に感じることがあると思います。そういう疑問を、人に聞いたり、本で調べたりすると、その言語に対する理解も深まりますし、記憶の定着にも役立つと思います。
マニアックな知識って意外に役に立ちます。
中国人でも知らないことを、豆知識的に披露すると会話も弾みます。
ここまで読んでいただいてありがとうございました。
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